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中山・下総・散歩道

安房神社|国府台の合戦で散った武将里見広次を祀る神社

安房神社の鳥居安房神社本殿
安房神社は中山法華経寺仁王門の前の道を東に入った突き当りにある小さな神社です。この小さな神社に戦国時代国府台の合戦で命を落とした初陣の少年武将里見広次も祭られています。里見広次が若くして散ったためでしょうか、江戸時代にその悲運が語り継がれ、江戸名所図会にも紹介されたのでしょう。葛飾記には里見長九郎広次の廟所として安房の国洲崎神社にあやかり安房の須大明神と呼ばれている紹介しています。よほど凄惨な戦だったのでしょう、葛飾誌略によると、国府台から中山に至るまでの地域には小さな祠が多くあり、国府台の合戦で亡くなった将兵の霊をお祀りしているそうです。
また、安房神社は、中山ひな祭りの会場にもなっており、本殿にたくさんの雛人形がかざられ、いつもと違った安房神社にお参りできます。

安房神社

安房神社の御縁起

鎮座地 市川市中山4丁目3番25号
御祭神 国常立命
    里見安房守
    大宮大権現
    山王大権現

御沿革
本社は江戸時代の諸書に「安房の須明神」または「安房の須祠」として記載されています。
なかでも江戸名所図会には「安房須明神社」として中山の北、池田というより北の岡にあり」と書かれ、挿絵を載せています。
はじめに祀られていた場所は中山村中山字砂原(現在の中山小学校敷地内)で、明治42年1月12日、同敷地内にあった妙見社境内(御祭神、國常立命)に移され、妙見社を合祀しました。さらに大正4年政令によって大宮大権現(中山4丁目・旧中山503番地)、山王大権現(中山3丁目・旧中山369番地)を合祀して現在地に建立されたのが、今日の「安房神社」です。
御神徳
開運・育児の守り神・縁結びの神として御神徳を顕されております。
御祭儀
1.元旦 元旦祭
1.1月20日 祈年祭
1.10月19日 例祭 5年おきに大祭を斎行
1.11月15日 七・五・三祭
1.12月29日 大祓(お焚き上げ)
平成9年1月 安房神社

安房神社門前案内板内縁起書より

安房神社のひな祭り

雛人形の飾られた安房神社安房神社のひな祭り
人間国宝のひな人形たくさんのひな人形
大正時代のひな人形可愛らしいひな人形
安房神社でも中山ひな祭りが開催されています。安房神社の本殿はそれほど広くありませんが、中にはたくさんのひな人形が飾られていました。人間国宝作の雛飾り、大正や戦前のひな人形、その他たくさんのひな人形が飾られています。

安房神社に祀られる里見安房守こと少年武将里見広次

里見広次(1550?〜1564)

里見広次は戦国里見家の武将。弘次、弘嗣とも伝えられています。里見越前守忠弘の息子。
里見広次は安房の里見氏と小田原の北条氏の関東の覇権を賭けた戦い、第二次国府台合戦(1564年1月)が初陣でした。まだ15歳の若武者でした。
第二次国府台合戦の初戦は1月7日に北条方により戦端が開かれ、里見勢の勝利に終わりました。ところがこの大勝利に酔い、油断した里見勢を、翌朝北条氏が奇襲し、北条氏の大勝利となり、関東の覇権は北条氏が握ることとなりました。
この敗戦のさなか、多くの里見勢の武将は本拠地の安房を目指しおちのびました。広次も、きっと安房をめざして馬を走らせていました。そこを北条氏の武将松田左京亮康吉に打たれました。まだ童顔の少年を打つのはしのびなかったが、後からたくさんの味方が寄せてきていたので自らの太刀で少年を打ったと、江戸名所図会に記されています。その後松田康吉はこの年若い、本文には童顔の美少年と紹介されている広次を打ったことを悔やみ、戦後家に帰らず出家し浮世となのり広次の菩提を弔ったそうです。
そしてまた、江戸名所図会に葛飾紀の話を引用したものとして、安房神社の創建のの話も紹介しています。それによると、葛飾の塩商人が後に安房須明神社の建てられたあたりを通った時に藤のつたのからまった髑髏をみて、なんとなくつたを取り除いたところ、立派な男の人が目の前に現れ、「藤のつたを取り除いて」ことに礼を言われ、出身地である安房国に商人を招きました。季節はちょうど7月盂蘭盆会の頃。男の家ではたくさんの供え物などがあり、塩商人にもたくさんの食事などをだされました。ところが、男は、自分はこの家の祖先であるのに、もてなしが足りないと怒って家人に乱暴しました。塩商人その後は家に帰ることを男に告げ、そして葛飾にもどり、髑髏を弔いました。安房国の男なので、安房須明神と呼ばれるようになったのだそうです。また、この髑髏は里見長九郎広次のものと伝えれれています。
なお、市川市国府台の里見公園は国府台城址に造られた公園です。園内には、里見広次の姫にまつわる伝説のある「夜泣き石」と「里見広次並びに里見軍将士亡霊の碑」が置かれています。
(なお、里見家系図には忠弘も広次もありません。また前の文章の中の広次と、後の文章の広次では印象が、特に年齢に違いがあるようです。この点については、里見公園におかれた「夜泣き石」の案内板でも触れられています。)


出典・抜粋・引用および参考
安房神社門前案内板内縁起書
市川市ホームページ
里見公園内「夜泣き石」案内板
里見公園内「里見広次並びに里見軍将士亡霊の碑」案内板
じゅん菜池緑地公園前案内板
江戸川区ホームページ
江戸名所図会6 ちくま学芸文庫
房総叢書 : 紀元二千六百年記念. 第8卷葛飾紀
房総叢書 : 紀元二千六百年記念. 第6卷葛飾誌略
戦略戦術兵器辞典 学研
クロニック戦国全史 講談社
新編 市川歴史探訪 崙書房
ウィッキペディア

安房神社への交通案内と所在地

安房神社

  • JR総武線「下総中山駅」より徒歩6分。
  • 京成線「京成中山」より徒歩4分
  • 所在地:千葉県市川市中山4ー3−25

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安房神社本殿

安房神社

戦国里見氏の少年武将広次にまつわる言伝えのある神社。

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