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大本山 正中山法華経寺 日常聖人像と泣き公孫樹

日常聖人像

大本山 正中山法華経寺 日常聖人像と泣き公孫樹

法華経寺祖師堂の北側に法華経寺第一代貫主日常聖人像があります。また、祖師堂の参道の東詰にある絵馬堂の裏、道を挟んで東側に大きく聳え立つ公孫樹の巨木が日常上人の息子日頂上人ゆかりの泣き公孫樹です。隣には富木常忍の愛馬を祀った駒形堂があります。

開基常修院日常聖人(1216-1299)

日常聖人略歴

1216 建保1 因幡富城郡(鳥取県)に生まれる
1253 建長5 この頃日蓮聖人に帰依する
1260 文応1 松葉ヶ谷法難の後日蓮聖人下総の地へ 法華堂建立(妙蓮山法華寺 法華経寺の始まり)
1264 文永1 小松原法難の後再び日蓮聖人下総の地へ 御親刻鬼子母神授与
1269 文永6 問注得意抄授与
1271 文永8 寺泊御書授与
1273 文永10 観心本尊抄授与
1274 文永11 法華取要抄授与
1276 建治2 悲母を亡くす 忘持経事授与
1277 建治3 四信五品抄授与
1282 弘安5 日蓮聖人御入滅
1294 永仁1 この頃法華寺開創 常忍を改名し日常となる
1299 永仁7 3月2日置文作成
1299 永仁7 3月6日常修院本尊聖教事(本尊聖教の目録)を作成
1299 永仁7 3月20日入寂世寿84歳

法華経寺ホームページより
泣き銀杏

泣き公孫樹縁起

黄金色に輝く泣き銀杏中山法華経寺泣き銀杏の碑
日蓮聖人がご遷化(亡くなられて)された2年後の弘安7年の10月13日の第3回忌の法要の折です。現在の東京都・池上 に、鎌倉の日朗さま、身延の日向さま、富士の日興さま、下総(千葉中山)の富木日常さま、そして上足の日昭さま等、全国よりお弟子さんたちは檀越(檀家や 信者)を連れて一同に会しました。しかし、日頂上人という方は一向に姿をあらわしません。このお上人は日蓮上人が特別に指導者として指名された6老僧のお 一人です。日頂さまの父でもある、中山(千葉県法華経寺)の日常上人は、日頂さまのご到着をいまかいまかとご心配でしたがとうとう定刻2時となり、法要が 始まってしまいました。

日頂さまは、鎌倉から法要に向かう途中、他宗と法論になっていたのです。法論は10日に始まり13日明け方ま で続きました。夜を徹しての法論、終に他宗の僧侶たちを説き伏せ、喜び勇んで池上にはせ参じました。しかし、時既に遅し、父日常の姿はなく、怒り心頭で池 上の地を離れ中山に戻ってしまったことを聞かされました。

すぐに父日常の姿を追い中山に向かいました。そして遅参の理由を述べて許しを乞うたのです。しかし他宗の僧侶たちを論破したことを喜んでくれるあろうはず の父日常はおっしゃいました。「他宗の法論はいつでもできるが、三回忌は二度とないことである。大聖人報恩の御会式に姿をみせないということはお師匠さま (日蓮大菩薩)にたいしての最大の不義理ではないのか」とさらに叱りつけたのです。

日頂さまは深く反省をいたしました。そして「此経難持 若暫持者 ・・南無妙法蓮華経」とその銀杏の木の周りをぐるぐる回り泣きながら唱えて許しを乞いた そうです。懺悔のお題目を唱えること7日、7夜を超えそれでも許し叶わず、終に突然と日頂さまは姿を消したそうです。(この銀杏の木のことを「日頂の泣き 銀杏」と呼びます。)

17年の歳月が流れて、日頂さまは日常さまが危篤になられた知らせを受けました。直ちに中山に参上し再び許 しを乞うたのですが日常さまからの許しはいただけません。この親子のことを不憫に思われたのでしょう6老僧の日朗さまは深く反省する日頂さまのお口添えを してくださいました。しかし「後の世の弟子や檀那への誡(いまし)め也」と日常さまは父の苦しい胸の内を日朗さまに打ち明け、結局お姿すらもお見せになり ませんでした。父の肌着を抱きしめ涙する日頂さま、外で父の臨終を妹より伝えられたそうです。生涯許しをいただけなかった日頂さまは、その後、富士のお山 に隠棲し一切世に出ることはありませんでした。
 
このお話はお会式の大切さを伝えるお教えであるだけでなく、みなさんが年回忌やご命日の折にご先祖さまへのご報恩の法事をお努めになるときの誡めとも受け 留めていただきたいと存じます。お会式は日蓮聖人へのご報恩、ご法事はご先祖さまへのご報恩です。日頃の忙しさを忘れて静かにつとめることが出来たら幸い ではないでしょうか。うっかりなど無きように願います。


日蓮宗尾張伝道センターホームページ「ここが知りたい日頂の泣き銀杏」より

日常聖人像と泣き公孫樹の交通案内と所在地

日常聖人像と泣き公孫樹の最寄り駅と住所

  • JR総武線下総中山駅下車 徒歩7分
  • 京成線京成中山駅下車 徒歩4分
  • 千葉県市川市中山2−10−1 正中山法華経寺境内

中山法華経寺境内案内図

中山法華経寺境内の案内図

印刷は下のPDFをご利用下さい。
中山法華経寺境内案内図PDF

永井荷風の歩いた中山の案内図

永井荷風の歩いた中山と葛飾の案内図

永井荷風が歩いた中山と葛飾の散歩道のPDF

伝説と歴史ある公孫樹の木

市川市には葛飾八幡宮の国指定天然記念物「千本公孫樹」の他にも公孫樹の大木がいくつもあります。なかでも中山法華経寺の日常上人とその息子で真間山弘法寺の日頂上人の哀しい物語の伝わる「泣き公孫樹」と鬼越山神明寺の「小栗判官馬つなぎ銀杏」は有名です。いずれも樹齢700年以上の巨木です。
秋の千本公孫樹社殿越し

葛飾八幡宮 千本公孫樹

下総国総鎮守葛飾八幡宮には、国指定天然記念物の千本公孫樹のほか、銀杏並木に映える随神門や源頼朝こまどめの石などがあります。
小栗判官こまどめ銀杏

神明寺 小栗判官馬つなぎ銀杏

鬼越山神明寺と踏切を挟んだ神明神社にも御神木で市川市の保存木の黒松の大樹、欅の大木などが林立しています。

日蓮宗大本山 正中山法華経寺 境内と周辺の観光名所ご案内

法華経寺本院

本院(大客殿)・鬼子母神堂(尊神堂)

本院の奥に鬼子母神堂があります。日蓮大聖人御親刻の鬼子母神像を安置されています。。怨魔退散、子育ての守護神として崇められています。
法華経寺の桜

法華経寺の四季

法華経寺の春は満開の桜に彩られます。夏は龍王池の蓮の花、秋は泣き公孫樹。大荒行入行会、大荒行成満会、節分会など季節ごとに趣があります。 また、春と秋には境内で骨董市も開かれます。

重要文化財祖師堂

祖師堂 大堂 国指定重要文化財

比翼入母屋造りのお堂。中老日法上人の作の日蓮聖人像が安置されています。両脇には当山歴代6祖の御像を奉安いたします。正面の大額「祖師堂」は本阿弥光悦筆。
重要文化財五重塔

五重塔(国指定重要文化財)

江戸時代前期元和5年(1622)18世正教院日慈上人代に本阿弥光室の本願により、加賀(石川県)前田公の寄進により建立されました。三間四面銅板葺。

重要文化財法華堂

法華堂(国指定重要文化財)

鎌倉時代文応元年(1260)創建。日蓮聖人自ら一尊四菩薩を開眼安置。百日百座説法の霊跡。
重要文化財四足門

四足門(国指定重要文化財)

切妻造檜皮葺、約七百年前鎌倉愛染堂に在ったものを移築して法華堂の正門に立てたもの。

伊東忠太作法華経寺聖教殿

聖教殿

建築家伊東忠太氏の設計。法華経寺の寺宝を保管している。11月のお風入れの際には、その一部を公開しています。
清正公大神祇堂

諸願成就祈願堂 清正公大神祇堂

清正公大神祇とは、戦国武将で大壇越の加藤清正公没後、神仏の化身として信仰するようになったのだそうです。

法華経寺の荒行堂

荒行堂

三大荒行で知られる日蓮大聖人直授の秘伝、大荒行が行われる 11月1日より2月10日までの百日間、この建物で行われます。
法華経寺の仁王門

仁王門(赤門・三門)

三門・赤門とも呼呼ばれています。広壮な建物。扁額「正中山」は桃山から江戸時代に活躍した本阿弥光悦筆によります。

法華経寺の刹堂

刹堂

十羅刹女・鬼子母尊神・大黒様を安置し、罪障消滅の霊場として、参詣者が終日、太鼓の音を響かせている。甲子の日は特別祈祷が厳修される。
法華経寺の黒門

黒門(市指定有形文化財)

総門とも呼ばれています。古風にして雄大、太田資順筆の如来滅後、閻浮提内、本化菩薩、初転法輪、法華道場の額を揚げてあります。

日蓮聖人開眼八大龍王堂

八大龍王堂

日蓮聖人開眼の八大龍王を祠る御堂。雨乞の霊験ありと伝えられています。近年は商売繁盛の守護神として参詣者が後を絶ちません。
宇賀徳正神の本社

宇賀神堂

法華経寺の守護の宇賀徳正神の本社であり、財福の神として広く知られている。この裏手に清正公堂や太田稲荷が祀られている。

酉の市と法華経寺妙見堂

妙見堂

千葉家伝来の北辰妙見尊星を第3代日祐上人が正法護持国土安穏除災招福の守護神として奉安する。11月には酉の市も行われます。
法華経寺の奥之院

法華経寺奥ノ院

奥之院は日蓮聖人がはじめて説法をした地とされています。また、法華経寺第一世貫主、日常聖人が法華寺を建立した地です。

法華経寺の大仏

大仏(釈迦如来坐像)

享保4年(1719)法華経寺59世日禅上人代に鋳造され身丈1丈6尺台座2間半、鋳像では千葉県一を誇る大きさである。
日常聖人と泣き銀杏

日常聖人像と泣き公孫樹

中山法華経寺第一世貫主日常聖人の銅像です。奥之院にもあります。そして日常聖人と息子の日頂上人ゆかりの泣き公孫樹。

鏡池跡、絵馬堂、鐘楼堂

鏡池跡、絵馬堂、宝殿門、龍閑橋

法華経寺には重要文化財以外にも、鏡池跡、龍閑橋、宝殿門、鐘楼堂、そしてその周りには季節ごとに咲く花々があります。
本阿弥光悦ゆかりの法華経寺

法華経寺とゆかりの文人・芸術家

安土桃山から江戸初期にかけて活躍した芸術家本阿弥光悦のほか、連歌師宗長、明治の詩人正岡子規ほか法華経寺を訪れています。

法宣院の紅葉の参道

中山法華経寺の塔頭寺院

中山法華経寺は奥之院や遠寿院、中山四院家などたくさんの素敵な塔頭が建てられています。
市川市東山魁夷記念館

中山法華経寺界隈の散歩道

法華経寺の周辺には、塔頭寺院ほか東山魁夷記念館などがあり、歴史と文化を楽しめる散歩道です。

桜の花見の名所中山法華経寺

桜のお花見の名所 中山法華経寺

中山法華経寺は桜のお花見の名所として、桜の季節にはたくさんの参拝客で賑わいます。

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