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元亨の梵鐘 千葉県指定有形文化財 

葛飾八幡宮元亨の梵鐘案内板
明治維新後の神仏分離、廃仏毀釈運動を乗り越え随神門や鐘楼堂を守った歴史ある葛飾八幡宮には、「元亨の梵鐘」鐘を守った歴史もあります。室町時代、関東の治安が安定していなかったのでしょうか、この梵鐘は木の根元に埋められ、そして江戸時代後期に発見されたそうです。江戸名所図会によると、乱世を恐れて土中へかくし埋めるとあります。また、この梵鐘が発見された寛政5年(1793)江戸の文人の間で評判になったそうです。
この梵鐘の銘には、元亨年間に造られたとあり、当時の葛飾八幡宮と八幡地域の様子を知ることができる貴重な資料でもあります。
現在は葛飾八幡宮の社務所に大切に保管されています。


※ 葛飾八幡宮周辺施設は、現在建設工事の行われているため、一部画像と異なる場合があります。画像は建設工事前のものも交じっておりいます。

県指定有形文化財(工芸品) 元亨の梵鐘

梵鐘(元亨元年在銘)一口 県指定有形文化財 昭和34年4月24日指定

この梵鐘は寛政5年(1793)正月19日、境内のケヤキの大樹が暴風で倒された際、その株根から出土したものと伝えられています。
総高117.2cm、口径66.7cm、鐘の株にあたる池の間の上下に型継ぎの跡があり、鐘身が三段に鋳上げられ、それに笠型の部分と竜頭が組み合わされて鋳造されたものです。
上下帯は無文で、乳は一区内に4段5列の合計80個をつけており、2個の撞座は丸型の中にとがった八升の蓮花文を刻み、竜頭の方向と平行に位置しています。
池の間に縦帯をはさんで銘文が陰刻されていますが、それによると、葛飾八幡宮は寛平年間(889〜898)、宇多天皇の勅願によって建立されたこと、源頼朝の崇敬が殊に篤く、社殿は海(東京湾)に面して建てられていたこと等がしられます。
元亨元年(1321)12月17日、右衛門尉丸子真吉によって寄進されたもので、この銘文は当時八幡宮の別当職にあった、法印智円が書いたものと思われます。元亨元年は後醍醐天皇の治世で、特に正中の変(1324)・元弘の乱(1331)と時代の激変する時に当たります。
また、この梵鐘の笠型部分には字体の異なる細字で「応永28年(1421)3月21日}と3行刻まれていますが、この紀年については諸説があって明らかではありません。
平成28年3月 市川市教育委員会

葛飾八幡宮境内元亨の梵鐘案内板より


元亨の梵鐘 銘文


奉冶鋳銅鐘
大日本国 東州下総 第一鎮守 葛飾八幡 是大菩薩
傳聞寛平 宇多天皇 勅願社壇 建久以来 右大将軍
崇敬殊勝 天長地久 前横巨海 後連遠村 魚虫性動
鳬鐘暁聲 人獣眠覺 金啓夜響 求除煩悩 能證菩薩
元亨元年十二月十七日
願主右衛門尉丸子真吉
別當法印智円


引用、抜粋並びに参考
葛飾八幡宮境内元亨の梵鐘案内板
葛飾八幡宮内御由緒書
随神門前案内板
海厳山徳願寺前案内板
市川市ホームページ
江戸名所図会6 ちくま学芸文庫
房総叢書 紀元二千六百年記念 第8卷葛飾紀
房総叢書 紀元二千六百年記念 第6卷葛飾誌略
房総叢書 紀元二千六百年記念 第1卷下総式社考
改訂新版 市川のむかし話
ウィッキペディア

葛飾八幡宮への交通案内と所在地

葛飾八幡宮の最寄り駅と住所

  • JR総武線・都営地下鉄新宿線「本八幡駅」徒歩10分
  • 京成本線「京成八幡駅」徒歩5分
  • 千葉県市川市八幡4−2−1

下総国総鎮守葛飾八幡宮境内の観光名所


元亨の梵鐘案内板

元亨の梵鐘 県指定有形文化財